2014年10月24日金曜日

カレルの沸点、あるいはヨーロッパの亡霊


 6日前(18日)のこと。

 この日、ぼくはこちらに来てはじめてプラハを離れ、カルロヴィ・ヴァリという街へ日帰り旅行へでかけた。午前6時に起き、8時半Florenc駅発のバスに乗る。朝が苦手なぼくにとっては、この時点で大きな冒険であった。同行する予定だったスペイン人Mは、チケットを予約していたのにもかかわらず寝坊のため早々とギブ・アップ。あまりにもスペイン人的すぎる。一同"He's like a baby"ということで合意。結局バスには、ぼくと、フランス人Ch、同じくフランス人L、Lに会いに来たパートナーのパリジャンA、そしてイギリス人Nが乗りこんだ。Student Agencyという会社の、安価で、とても快適なバスだった。なんと飛行機の客席のように、映画やドラマが観れるモニターがついている。ドリンクのサービスもある。

 11時頃、カルロヴィ・ヴァリに到着。ここはボヘミア西部にある世界的に有名な温泉地である。ゲーテやショパンもこの街を訪れたという。ミラン・クンデラの小説『別れのワルツ』の舞台である温泉街も、おそらくここがモデル(のひとつ)だろう。

 この街の名前、カルロヴィ・ヴァリには、おもしろい由来がある。伝説によると、ある日、神聖ローマ皇帝カール4世/ボヘミア王カレル1世は、この地にシカ狩りに出かけた。大きな森のなかで王は1匹のシカを見つける。狙いをつけられたシカはジリジリと崖のほうへ追いつめられる。 王の気迫に圧倒されたこの哀れな動物は、険しい崖から飛び降りることを余儀なくされる。必死でピョンピョン逃げていくシカ。すると、シカが最後に飛び跳ねたところから、なんと大量の温泉が噴き出したではないか。この光景を目の当たりにした王はこの土地の豊かさを確信し、ここに街を築くことにした。それがKarlovy Vary. つまり、「カレルの沸点」。「温泉」ではない。そこがなんとなくチェコ的だなと感じる。

 さて、何ごともなく目的地にたどり着いたにみえたわれわれだが、じつは誰もこの街についてまともにリサーチしてなかったことが発覚。地図ひとつない。日本だと一悶着ありそうな状況だが、皆ほとんど気にしない。そのままあてもなく街をほっつき歩く観光客5人組。と、ここで救世主よろしくドイツ人Adが合流。ぼくたちと同じバスのチケットがとれず、一足先に現地に到着していたのである。2時間も早めに来ていただけあって、彼女はすでにこの街の土地勘がある。
 Adの案内に従って、あたりの森を散策する。紅葉がとても美しい。この街に限らず、チェコの人間は自然の楽しみ方をよく知っている。そのことがよくわかる街の作り。右手には森、左手には湖、そのあいだを小さな緑道が走る。湖には立派なしだれ柳。パリジャンAがしだれ柳を指しながらイギリス人Nに、あれは英語で何ていうの? と訊く。フランス語では Le saule pleureur(泣き柳)というんだ。ほらあの木、葉っぱの一枚一枚が涙みたいに見えるでしょ?

 眺望のよい一風変わったホテルのちかくで、一時休憩。
 この街と、チェコの建物についてChと話す。フランス、とくにパリの建物の装飾は極めてシンプルで、外壁はほとんど白だという。イタリアも外観は比較的シンプルだが、色使いは極めて鮮やか。暖色系。パリのことはわからないが、ヴェネツィアの建物はかならず陽の光を必要とする。だから 冬は耐えきれないくらい淋しい。一方チェコは、すべての建物が、砂糖菓子のようにすこしクリームがかった色で柔らかく彩られている。太陽光にあまり影響されない色である。明暗の差をできるだけ見えにくいものにする――シュガーコーティングする――ことが、長く厳しい冬を乗り越える工夫のひとつなのだろう。
 
 こうやっていろいろと話をしているなかで、ぼくはまた失態を犯してしまった。やはり口は災いのもと。なぜかミドル・ネームの話になったときである。
 当然(というわけでもないのだろうが )、ぼく以外はみんなミドル・ネームをもっていた。イギリス人のミドルネームはいかにもイギリス的に、フランス人のミドルネームはいかにもフランス的に響く。ここでぼくは、ちょっとした出来心とサービス精神から、やめとけきゃいいのに、「おれだってミドルネームあるぜ!」と言ってしまったのである。驚いた顔でぼくをみる友人たち。ほとんど反射的な発言だったので、こちらはなにも準備していない。次いで口からでたのは「…ニンジャっていうんだ!」という言葉(ああ文字に起こすのも恥ずかしい)。
 コンマ数秒、宙をただよう我がニンジャ。もちろんぼくはウケを狙って言ったのだが、予想していなかったことが起きた。他の人間は笑っていたが(むろん爆笑ではない)、Chはぼくのジョークを完全に真に受けてしまったのである。
 
 「ほんと!? それってすごいね!!! ニンジャー!」

 彼女の名誉のために言っておくが、Chはとても賢い女性である。ぼくの知るなかではフランス随一の大学から留学している。しかしこの時、ぼくは一時的なショック状態にあり、彼女の突然の歓喜にまったく反応できなかった。というのは、

 A. Chはとても賢い女性である。
 B. Chはニンジャが大好きだ。

 というふたつの文章は、ぼくのなかで完全に矛盾するからである。なぜなら文化というものには層があ(るとされてお)り、現代を生きる多くの日本人にとってニンジャとかサムライは、それ自体では「サブカルチャー」の層にすら達しない、おそらくそれよりも下位の、時代劇か子供向けの戦隊モノにしか登場しない、現実に存在しない亡霊のようなものだからである。そんなバカバカしいものに知的な女性が熱狂していてよいものか!

 「ヨーロッパに亡霊がでる――クール・ジャパンという亡霊が……」
 
 しかし、ぼくのなんちゃってミドルネームにたいするChの率直な感動ぶりと、「ゴメン、さっきのはジョークだったんだよ」というぼくの言葉を聞いた彼女の落胆ぶり(と、"Hey, that's so mean!"というLの怖い顔)を見ていると、どうしても悪いのはぼくのように思えてきた。
 というか、たぶんほんとうに悪いのはぼくのほうだったのだ。ぼくはもっと自国の文化の扱いに注意深くあらねばならなかったのである。なぜならば、端的にいって、いまや日本の文化は日本人だけのものではないから。この時代にあって、世界の国々にはそれぞれ「小さな日本文化」とでもいうべきものがある。 アメリカにはアメリカの日本文化、チェコにはチェコの日本文化、フランスにはフランスの日本文化。そしておそらくぼくらには、ただ日本人であるというだけの理由でそれらの「小さな日本文化」に口出しする権利はない。

 日本人からするとただのステレオタイプとしか思えないものが、たとえば西洋の文化大国から来た人間に、思いもよらないほど深く食い込んでいるということがある。日本人にとってはペラペラのうすっぺらいものが、外国では豊かな厚みを持っているということだってある。そういう可能性を、否定してはいけないと思った。

 そういう可能性に引っぱられて、ぼくだってここまで来たんだし。



(写真はKarlovy Vary. ほんとうに洋菓子のような、可愛らしい街でした。)

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